PROLOGUE U
「死なねーよ。今のは普通の弾だからな」
「そういう問題じゃないでしょ、ルキアちゃん!」
「っせーな! てめぇ、次はまじで銀弾当てるぞ!?」
 ヴァンパイアの深い溜息をよそに、再度トリガーに指をかけたルキアは標準を容赦なくアリストに向ける。本気さながらのその表情を見たヴァンパイアは、危機を感じたのか行動も早くひれ伏す状態にまで引き腰になった。
「やや、言語撤回です。嘘です嘘です、僕が悪かったです! ご免なさい!」
 銀にやたら過剰反応を示すアリストを見れば、やはり彼がヴァンパイアだと肯定できる。もちろん、銀以外にもヴァンパイアと判断するものは幾つかある。が、人間が直に致命傷を与えるとしたら銀以外に何もないだろう。
 その致命傷となる銀は、たとえ銃弾といえども当たり所が悪ければ即座に身の破滅を招く。アリストでなくともヴァンパイアなる者なら、誰しもが警戒する代物だろう。
「わかったならいい。行くぞ」
 見せつけるように拳銃をかざしていた青年は、あまりにもひ弱なヴァンパイアに怒りも失せたのか、背を向けて部屋を抜け出した。
「あー……これで僕、何年寿命縮まったかなぁ……」
 大きな独り言を呟きながら肩を落としたアリストは、今度こそ短気な青年の気を損ねないように、静かに後ろをついて歩く。
 一歩部屋を抜ければ、長く先の見えない廊下は闇そのもの。ただならぬこの雰囲気は、人が住んでいるのか疑問に思うほど静けさに包まれていた。
「おい、馬鹿アリスト」
「何?」
 二人の歩く足音だけがやけに響く中、会話を切り出したのは先頭を歩くルキアだった。
 視線はどこか遠く、太陽の光を遮るために打ちつけた木板の窓が並ぶ壁を見やり、進めた歩を止めて後ろを振り返る。
「どうしたのルキアちゃん?」
 銀髪から覗く切れ長の翡翠を細め、ルキアは後ろで立ち止まった長身を上目遣いに見上げると、お決まりになりつつある不気味な笑みを浮かべる。
 その意図など、見つめられた本人にはわかるはずもない。
「言っとくけど、今日は一応、満月だからな。てめぇはともかく、てめぇが吸血した屍人を片すのに時間がかかる。飯を減らせ」
「…………はい?」
 突然言い出したルキアの言葉に、アリストは目を丸くした。
 前代未聞。
 ただでさえ一日一食の貴重な食事を、目の前の男は量を減らせと言っているのだ。
「量を減らせだなんてルキアちゃん、冗談キツいよ?」
 銃弾を受けそうになり、寿命が縮む思いをした矢先のこの発言。さすがのアリストも、これには強く反論しそうな勢いだ。その証拠に、今まで見受けらた笑顔は一切なくなっている。
「冗談? 俺がいつ冗談を言った?」
 そして、相手の顔もまた冷笑している。
 短気な性格を煽るつもりはないものの、言葉一つ一つにすぐ触発させられるルキアは、嘲笑うように鼻で笑い飛ばして見せた。
「馬鹿も休み休み言え、アリスト」
 長い沈黙。
 自分を見上げて睨みつけてくる青年を、ヴァンパイアは呆れるでもなく見下ろした。
 そして静かな溜め息。
「あのねぇ……こんなこと言いたくないけど、僕はヴァンパイアだ。そして君は人間。種族こそ違うけど、心ある者としてこの気持ち、分からないとは言わせないよ。あんまり度が過ぎるとルキアちゃん、どうなるのかわかってるよね?」
 冷静に、かつ沈着に言葉を発した唇は、見下ろしたルキアを見ると微笑んだ。
 普段はやられるがままのヴァンパイアも、やはりここぞという時には強く出るものだ。口調こそ緩やかだが、“どうなるのかわかってるよね?”の一言は、ルキアにとって強烈な脅しになった。
「……ちっ」
 一歩上を行かれたルキアは、何か言いたげに暫く唇を噛んで相手を睨みつけたが、諦めたのか再び歩を進めた。
「何かあったら、全部テメーのせいにしてやるからな」
 負け惜しみのように小声で呟きながら進む姿は、永遠に続くように見える長い廊下を歩き、不機嫌も最高潮、ポケットで騒々しく鳴り始めた通信機を乱暴に取り出した。
「何かあった時は僕も手伝うから大丈夫だよ、ルキアちゃん」
「――あぁ!?」
 宥めるように青年に話しかけたヴァンパイアの声は、通信相手に不機嫌な言葉を発するルキアが無意識のうちにかき消してしまった。その事情を飲み込めていないアリストは、これが自分に対しての態度なのかと、驚いたようにポカンと口を開ける。
「ちょ、何でそんなに怒る訳!?」
「……うっせーよ!」
「はぁ!?」
 全く会話の噛み合っていない二人は、こうして通信相手であるブラックに誤解を解いてもらうまで、ずっとこの調子だった。