PROLOGUE T
 月夜の街では毎夜、古くから噂されているヴァンパイアの被害者が後を絶たなかった。
 最後の一滴まで血を抜き取られ、老化したように干からびた遺体は性別はおろか実年齢すら不明であり、首筋に残った傷跡だけが唯一、犯人の想像を容易くさせる。
 毎夜、誰かが必ず犠牲となる怪事件に噂はたちまち広まり、人間はヴァンパイアに怯えて過ごす夜を余儀なくされた。
 だが、いくら人間と言えどもいつまでも化け物に脅えて過ごすわけにはいかない。
 世界規模でネズミ算式に増えていく彼らを駆除するため、その筋のプロフェッショナルを集めた機関が作られたのも、この頃の話だった。




「ルーキーアちゃん」
 暗い城の一室。
 電気の通らない代わりに灯された蝋燭が無数に散らばる中、声の主は意気揚々と部屋のドアを蹴破った。
「――てめぇ!」
 派手な破壊音と埃をまき散らし、蝋燭の火が突風に揺れる中、ただ一人、この部屋で書類に目を通していた銀髪の青年は、破壊者の顔を見るわけでもなく書類に爪を立てた。
「何を怒ってるの?」
「怒ってるの? じゃねぇよ! てめぇは毎日毎日、人様の部屋のドアを何だと思ってんだ!?」
 爪を立てた書類は一気に丸められ、それは空惚ける相手の顔面へと投げつけられた。
「毎日これしきで怒らないでよね、ルキアちゃん。本当、近頃の若者はカルシウムが足りないよ?」
 飛ばされてきた書類を手の甲で払いのけた人物は、ルキアと呼んだ相手に苦笑して見せると、そのまま机まで歩を進める。
 あり得ないほどに白い素肌、色素の抜け落ちそうな金髪の持ち主は、ドアを蹴破るには些か細すぎる体躯だ。それでも、この人物がヴァンパイアと言えば、それはそれで頷ける話だろう。
「余計なお世話だ。てめぇみたいなヴァンパイア、いつか脳みそに銀弾ぶちこんでぶっ殺してやるからな」
「はーいはい。その台詞ももう、耳にタコができるくらい聞いたから、たまには違う台詞言ってよね」
「……てめぇ、まじでぶっ殺す」
 天然お気楽なヴァンパイアに毎日からかわれ、青年は何度、頭の血管を切ったことか。
 何から何まで正反対の性格、そしてヴァンパイアでいう朝の起床時からやたらに高いテンション。青年は我慢の限界にも達していた。
「ねぇ、ルキアちゃん……」
「んだよ?」
 今にも猛り狂い、こめかみの血管を切ってしまいそうな相手に対し、お気楽なテンションだったヴァンパイアは、急に申し訳なさそうな声を出した。
「お腹、空いた……」
「…………」
 意表を突くこの言葉にルキアの表情が一変する。しかし、この食事も一日に一度はある恒例行事。血管を切るよりも早く、薄い唇から呆れた溜息が零れた。
「てめぇは寝るか食うしかねーのかよ、ったく」
 興醒めしたように素に戻ったルキアは、ヴァンパイアの食事に付き合うが為に解放されるデスクワークに感謝し、口端を持ち上げて笑った。
「あれ? 怒らないの?」
「うっせーつーんだよ。てめぇは飯に行くんだろ? 今、ゲート開けさせるからさっさと行くぞ」
 颯爽と椅子から立ち上がり、通話機器を耳に側身の銃に手を伸ばす。
 本来、デスクワークをするためにルキアはヴァンパイアと生活を共にしているわけではない。もちろん、ヴァンパイアの世話のために一緒にいるわけでもない。
「……おぅ、ブラックか? 今からアリストが行く。ゲート開けて待ってろ」
 見えない相手に事短く話すルキアは、銃の弾倉を確認するとそれを手に壊れたドアへ向かった。
「おい、馬鹿アリスト。今日という今日は、テメーがこのドア直せよ」
 何度も修理をした痕跡がある部屋の出入り口で、足癖の悪い蹴りを壁に一発。
 既にただの板と化し、床に落ちたドアを堂々と踏みながら、ルキアの翠眼はアリストを見つめて恐ろしいくらいに笑っていた。
「ルキアちゃん、あのねぇ……今更だけど、僕が釘とかトンカチとか持ったことあると思う? この細長くて美しい指が潰れたらどうしてくれるの?」
「潰れたら再生でも増殖でもしやがれ、馬鹿ヴァンパイアが!」
 次の瞬間だった。
 アリストが凝視した目の先で、ねっとり笑っていたルキアの顔が豹変すると同時に、拳銃から轟音と白煙があがった。
 この発砲にはさすがに驚いたのだろう。ヴァンパイアともあろう者が、丸くした目を潤ませて全身を硬直させている。
「し、死ぬかと思ったー!」
 ただでさえ死人にも似た色白の顔を青くしたアリストは、自分を紙一重で流れていった弾の埋まる壁を振り返ると、色素の薄い金髪から覗く蒼い瞳を細め、溜め息を零した。