PREY V
「おいアリスト、飯だ。行ってこい」
食事の部屋に顎をしゃくるルキア。
良しと言われ、餌を待たされた犬さながらにスキップして飛んで行ったアリストは、ドアを開けて歓声をあげる。きっと若い人間の姿に感動でもしたのだろう。
その場で待機の三人は、そんな天然お馬鹿なヴァンパイアに苦笑を漏らす。
「あいつ、マジで天然だよな」
「俺様ヴァンパイア! っていう、偉そうにしてる奴よかはましだと思うけど?」
銀髪の二人にセナが会話へ加わる。
「あの性格のヴァンパイアじゃなく、横暴な振る舞いの奴だったらとっくの昔に張り倒してたな、俺は」
セナの言う言葉に二人は大きく頷く。
人間から見て、ヴァンパイアは人畜有害の何者でもない。
人の血を吸って殺すだけに止まらず、その者を人の形をした異形のもの――屍人――に変えてしまうのだから。
「さて、俺は報告書の続きでも書こうかな。んじゃ、お二人さんお先に」
片手をあげ、身を翻したブラックは早くもこの場を後にしようとした。
この青年の仕事はヴァンパイアの食料管理であって、アリストが吸血したあとのものを処理するのはルキアとセナの担当である。だから別段、二人は何も文句は言わない。
だが、ブラックは一歩だけ歩みを進めた後に慌てて後ろを振り返る。
「――!?」
それは残された二人も同様だった。
空気をつんざくような悲鳴がアリストの入った部屋から響き渡ったのだ。
尋常じゃない声に三人は声の先へと視線を向ける。それと同時に場に緊張感が走り、急に慌ただしくなる。
「やばい、馬鹿アリストの悲鳴だ」
すぐさま行動に移ったのはルキアだった。銃を手に取り、トリガーを引きながら悲鳴のあがった所へ走る。
「吸血し終わるにはまだ早いぞ!?」
続けてセナも、ヴァンパイアがいる密室に走り出す。
「なんだってもう!」
最後にブラックが部屋のドアの前に立った時、ノブに手をかけたルキアが二人に目配せする。
頷く二人を見て勢いよくドアを開け放つ。
「――っ!」
その視界に飛び込んできたものに、三人共々、目を見張った。
ヴァンパイアともあろう者が、情けなく気を失って床に倒れていたのだ。
「おい、アリスト!」
ルキアがそう叫びながらも、ヴァンパイアの気を容易く奪った人物達を睨み付ける。
一方、危害を加えた者、先ほどまで食料庫の牢屋に入っていた若者三人組は、どやどやと入ってきた相手を冷たい目つきで見る。向けられた銃口に驚く様子はない。
「手をあげろ! 抵抗したら撃つぞ!」
注意深く慎重に若者に詰め寄りながら、ルキアは後ろの二人に声をかける。
「セナ、アリストを頼む。ブラック、逃がさないように俺を手伝え」
「なんで俺が!?」
「てめぇの不始末はてめぇで落とし前つけろって言ってんだよ!」
不平を漏らしたブラックを一喝し、再度ルキアは前方を見る。
目の隅で、床に転がったヴァンパイアを見るが起きる様子はない。でも死んでいないのは確かだ。
化け物相手に一体どんな手を使ったのか、手ぶらな三人組は相変わらず言うことを聞く様子はない。
「早く手をあげろ!」
銀髪の青年の苛立ちは限界を越えていた。
今すぐにでも撃ち抜いてやりたい――そんな表情で睨みを効かせていたが、相手の術が全く読めない。動くにも動けず、ルキアは舌打ちした。
張りつめた空気の中、若者達は相変わらず冷たい視線を送っている。しかし、三人のうちの一人が一歩だけ歩を進めた時、硬直した雰囲気が一変した。
「!」
まるでスローモーションを見ているかのようにゆっくりな足踏みは刹那、駿足に変わっている。
目にも止まらぬ早さとはこのことを言うのだろう。
ルキアは銃の照準を修正しようと消えた一人の若者の姿を追ったが、その目が追い付くことは出来なかった。だが、ルキアの代わりに後ろで応戦した男がいた。
長身で銀色の髪、二本の刀を持った男――ブラックだ。
「仲間を置いて逃げるのは感心しないね」
いつの間に刀を鞘から抜いたのか、その刃先はぴったりと相手の喉元に当てられている。
もう一歩踏み込んでいたら喉は掻き切られ、自分の血潮に沈んでいただろう。
この仲間の危機を見ても他の二人は顔色を変えることはない。冷たい目つきのまま顔を見合せ、何か相づちを打つと二人同時にアクションを起こす。
「ブラック、そいつを叩き落とせ! セナ、右を頼む!」
またさっきのような駿足技を使われては取り逃がしてしまう。寝転がってるアリストはこの際、放っておくという判断から、新しい指示にセナはルキアの隣りに立った。