PREY U
「どうせいつものことだ、気にするな」
 このことが後に、ルキアが懸念していた“何かが起きる”に直結するとは思ってもいなかっただろう。
 珍しくもブラックは押し黙った後、生真面目に相手の名前を呼んだ。
「セナ」
「何だ?」
 異常をいち早く気付いたセナからも、ふざけた態度は消える。だが、次の言葉は緊張感を欠く発言だった。
「今日は大人しく食料減らしとくわ」
「……あ? お前もしかして怖じけづいたのか?」
「いや、そんな訳じゃないけど。じゃ、普通でいいや……」
 話が二転三転するブラックの気まぐれさは城でも特に有名だった。今の調子でやっていると何をしでかすかわからない――そのためにもセナがついているのだが、本人は自重するつもりはないし、直そうともしない。そもそも自覚がないのだから仕方がないだろう。
「なら最初から言うな!」
 暗闇の中、セナのパンチを脇腹にくらってよろめいたブラックは、恨めしそうに相手の顔を見た。
「いいようにしちゃってさぁ……俺、何があっても手伝わないよ?」
 そんな台詞を聞いても、セナは鼻で笑い飛ばすだけだ。
「お陰様でこっちは人数足りてるんでね」
「ずる!」
 すっかりはみ出し者にされ、いじけたブラックは今にも“の”の字を書きそうになりながら廊下を歩く。
 だが、食料庫のあるゲートにたどり着いた二人は、ふざけた態度を一変、気を正した。
 それはアリストの食料となるものが生身の人間だからだ。所狭しと牢屋に放り込まれているそれを見て、ふざけていられるほうがおかしい。
「さーてと、仕事でもしましょうか」
 それでもブラックの声は明るかった。
 両手を擦り合わせ、牢屋のある二重ドアをくぐるとそこはまた暗闇。
「ちょっと待ってな。明かりつけてやるよ」
 セナの手元から、徐々に広がっていく明かりに浮き出された牢屋には、冷たい空気が流れていた。
 そしてそこには老若男女構わず、大勢の人が押し込まれている。生気のない、虚ろな目でこちらを見るヴァンパイアの食料達は、死期が近づいているのも気付かないように大人しい。
「順番だよー。死にたい人、今日も三人!」
 不吉な言葉を平然と喋る男に対しても動じることはない。もとより死にたくてここに来たのだから、遅かれ早かれ願いは成就される仕組みだ。世界を恐怖に陥れたヴァンパイアの手によって。
 怖ず怖ずと前へ出て来た若い三名が、どうやら今日の食料候補らしい。
「お! 今日は若いのばっかだねー」
 まだ命を捨てるにはもったいない年端の少年達を見て、ブラックは苦笑した。
 心の中、こんな仕事をしている自分に嫌気が差したが仕事であれば仕方がない。
 意を決し、順番に牢を開けて三人を手錠で繋ぐと、そのままアリストの食事の場へと連れ出す。
「ここで大人しくしていてね、皆」
 蝋燭の明かりが照らす部屋は窓もなく、何も置かれていない。がらんとした密室空間に無言の彼らを置き去りにすると、ドアを閉めてブラックは重い溜息をついた。
 少しの自己嫌悪と罪悪感。毎度それに苛まれながらも割り切ることで頭から振り払う。陰鬱な表情を消し去り、いつもの笑顔を張りつけると忘れていた相方に声をかける。
「さぁて、あとはルキアが来るのを待つのみだね、セナ?」
「……ああ」
 セナの面持ちはブラックが思っている以上に暗かった。
 暗い面持ちのセナを眺め、ブラックは景気づけるように笑顔を見せる。
「なに心配してるのさ?」
 相手の顔を覗きこむようにその表情を伺うと、美麗な顔に歪みが生じている。次いで出た言葉は、自身なさげに揺らいでいた。
「本当に嫌な予感がする。ブラックも気をつけろ」
「はいはい、わかってますって」
 呆れ顔で、こと短く返事をすると、ふいにブラック笑った。
 さっきまでの自信はどこにいったのか、セナのなんとも頼りがたい姿に思わず吹き出してしまう。
「ぶはっ!」
「何が可笑しい!?」
「いや、いつになく真剣だなぁって……ハハッ」
「笑ってられるのも今のうちだけだからな」
 ツンとした表情でそっぽを向いたセナは、募る不安を胸の中に押し込んでルキアとアリストの到着を待っていた。
 いまだ笑いを止められないでいるブラックは、すっかり弛んでしまってる。一度、張り倒してやろうかと手を伸ばしかけ、セナはそれをやめた。
 重い鉄扉をくぐり、城主であるアリストと、それに付き添いのルキアが顔を出したのだ。
「おっはよー! ブラックちゃん、セナちゃん」
 アリストは二人を見るとご機嫌よろしゅう手を振る。隣のルキアといえばその姿に呆れモード全快だ。
「おい、ブラック。飯の用意はできてるんだろうな?」
「ああ? もちろんできてるよルキア」
 ご覧の通りと言わんばかりに、ブラックは食事部屋を指さした。
 なぜ涙目になっているのか訝しい表情でブラックを見つめたルキアだったが、まずは食事が先だ。尋問は後回しにしてアリストに声をかける。